井筒俊彦の人生と哲学
日本の著名なイスラーム学者・哲学者、井筒俊彦は1914年5月4日に東京で生まれた。彼の父は曹洞宗に深い関心を持っていたため、幼少の頃より井筒は、座禅と曹洞宗の教典を読むよう強制された。この体験を良く思わなかった井筒は、禅と仏教思想から距離を置き、言語学に転向することとなった。その結果、彼は30の言語を学び、それが彼の哲学システムの構築と編纂の最も強固な基盤となった。
井筒は井筒は1934年、慶應義塾大学文学部に入学し、折口信夫(1887-1953)の講義に魅了されながら、指導教授として西脇順三郎(1894-1982)に学んだ。様々な言語の学習中、アラビア語に興味を持ち、2人のタタール人、アブドゥルラシド・イブラヒムとムーサー・ジャールッラーとの出会いを通じて、アラビア語とイスラーム思想を深く学んだ。この分野における井筒の知識と習熟は、1951-58年にかけて、彼が『コーラン』を日本語に翻訳することにつながった。この翻訳は、1957-58年に岩波書店から3巻に渡って出版され、アラビア語からの直訳としては日本初であり、日本語への『コーラン』訳書として4番目のものと認識されている。
<p1959年、井筒はロックフェラー財団の奨学金を受けて、2年間中東とヨーロッパを訪れた。奨学金期間がほぼ終わるころ、彼はマギル大学イスラーム研究所からの招待を受け、しばらくカナダに滞在した。
井筒はカナダで、イスラーム古典文学を教える一方、『コーラン』の意味構造(コーラン意味論)とイスラーム神学に関する3つの重要かつ比較的新しい作品を出版し、それによって国際的な評価と特別な地位を獲得した。
さらに、井筒はカナダ在住時、イランの研究者メフディ・モハッゲグ(1930-)と、スイスの研究者ヘルマン・ランドルト(1935-)と親しくなった。ランドルトを通じて井筒はエラノス会議に紹介され、モハッゲグとの交流と協力により、「マギル大学イスラーム学研究所テヘラン支部」を設立した。井筒は約10年間イランに滞在し、上記の研究所に加えて「イラン王立哲学アカデミー」、そして「イラン諸文化研究センター」にて教鞭を執り、研究を重ねた。
1979年のイラン革命後、井筒は日本に戻り、長年の活動と研究の成果を、東洋哲学の構造的枠組みとして概念化しようと努めた。彼はヴェーダーンタ、イスラーム神秘主義、道教、仏教、カバラなどの東洋の哲学システムを分析し、これらの哲学間の構造的な統一性を見出そうとした。井筒は、自身の哲学システムを「東洋哲学」と呼んでいる。
井筒はイスラームと東洋哲学に関する長年の研究の末、1993年1月7日に生涯を閉じた。彼の墓は、北鎌倉・円覚寺の塔頭の一つ、雲頂庵に安置されている。
【井筒俊彦の主な著作】
- 『意識と本質―精神的東洋を索めて』、岩波書店、1983年/岩波文庫、1991年
- 『意識の形而上学―「大乗起信論」の哲学』、中央公論社、1993年/中公文庫、2001年
- 『ロシア的人間―近代ロシア文学史』、弘文堂、1953年/中公文庫、1989年
- 『イスラーム文化―その根底にあるもの』、岩波書店、1981年/岩波文庫、1991年
- 『コーランを読む』、岩波書店〈岩波セミナーブックス〉1983年/岩波現代文庫、2013年
英語の著書
1. God and Man in The Qur’an: Semantics of the Qur’anic Weltanschauung. Tokyo: Keiō University Press, 2008.
『クルアーンにおける神と人間―クルアーンの世界観の意味論』鎌田繁監訳、仁子寿晴訳、慶応義塾出版会、2017年。
2. The Concept of Belief in Islamic Theology: A Semantic Analysis of Īmān and Islām. Tokyo: Keiō Gijuku Daigaku Shuppankai, 2016.
『イスラーム神学における信の構造―イーマーンとイスラームの意味論的分析』鎌田繁監訳、仁子寿晴・橋爪烈訳、慶応義塾出版会、2018年。
3. Ethico-religious Concepts in the Qurʾān. Montreal: McGill Queen’s University Press, 2002.
『意味の構造―コーランにおける宗教道徳概念の分析』牧野信也訳、新泉社、1972年。
4. Toward a Philosophy of Zen Buddhism, Tehran: Muʾassisih-yi Pazhūhishī-yi Ḥikmat va Falsafa-yi Iran, 2003.
『禅仏教の哲学に向けて』野平宗弘訳、ぷねうま舎、2014年。
5. Sufism and Taoism: A Comparative Study of Key Philosophical Concepts, California, University of California Press, 2016.
『スーフィズムと老荘思想―比較哲学試論』(上・下)仁子寿晴訳、慶応義塾出版会、2019。
6. Concept and Reality of Existence. Tokyo: Keiō University Press, 1971.
『存在の概念と実在性』鎌田繁監訳、仁子寿晴訳、慶応義塾出版会、2017年。
井筒俊彦のドキュメンタリー映画『東洋人(シャルギー/日本語字幕版)』をご覧になりたい方は、こちらをチェックしてください。↓