インド音楽の祭典:ドゥルパド・メーラー(1987~90年代)

by Shree(ドゥルパド声楽家)

Photo by Shree (@Varanasi)

北インドの聖地ヴァラナシ。

インドを代表する風景の中で、ガンジス河の朝の沐浴があります。あの、大河のほとり、延々石造の宮殿と石段の沐浴場が続いていて、敬虔なヒンドゥー教徒たちが日の出の頃に河で沐浴し、祈りを捧げている光景。

その街がヴァラナシです。もっと正確に書くと「ヴァーラーナッスィー」なんですが、ここはヴァラナシで。

Photo by Shree (@Varanasi, 2008) 8月、雨季で増水したガンジス川の沐浴場

今年(2024年)「4Kでよみがえるあの番組」としてNHKで再放送されている『未来への遺産』という番組がありますね。これは、NHK放送開始50周年を記念して1974年から75年にかけて放送された、素晴らしい記念碑的番組です。

つい先日、何気なくこの再放送を見ていたところ、このヴァラナシの朝の沐浴の光景が映し出され、近年までの様子と変わらぬ光景にびっくりしました。

但し2014年辺りからは、あちこちの沐浴場(ガートと言います)で拡声された大音量の音楽とともに、それはそれは見目麗しい若者たちによる火の儀式アーラティー(州政府主催の観光用です)が大々的に行われはじめ、見物客がガートに押し寄せるようになり、朝の風景は変わりました。

しかし、毎朝の沐浴を日課としているヒンドゥー教徒はまだまだ健在です。

Photo by Shree (Vocal: Pt. Ritwik Sanyal, Pakhawaj: Tetsuya Kaneko@Dhrupad Mela in Varanasi, 2012)

そんなヴァラナシにて、毎年2月ごろのシヴァ神のお祭りマハーシヴァーラートリに合わせて開催される、「ドゥルパド・メーラー」というドゥルパド音楽祭があります。オールナイトで数日間にわたって開催される無料の音楽祭で、主催はヴァラナシのマハラジャ(王様)。藩王国の制度はインド独立とともに廃止されたのですが、マハラジャの家系の方々は、まだ河向こうのラームナガル城にお住まいで、この音楽祭の主催者なのです。

会場はトゥルッシー・ガートの芝生の庭で、ガンジス河から急な石段を登りきったところ。いつごろからか「ドゥルパド・ティールタ」と呼ばれるようになりました。

さて、それではその「ドゥルパド」とは何か、ということになりますが、これは北インド古典音楽様式の中で一番古いものです。今では大変少数派となっていますが、「ドゥルパド」は、今ある他のすべてのインド古典音楽様式の母胎となったものです。

メーラー(アニュアルつまり毎年恒例の祭りのことをメーラーと言います)のプログラムは、たまに弦楽器アイテムもありますが、そのほとんどが声楽か太鼓パカーワジのソロ。

Photo by Shree (Pakhawaj: Pt. Dalchand Sharma@Dhrupad Mela in Varanasi, 2012)

私は、1987年からほぼ20年以上、毎年この音楽祭に行き、それは熱心に、ほぼ毎日夜通し起き抜いて音楽を聴いたものでした。

 長いと一曲1時間以上にもなる即興演奏。出演者は、ドゥルパド界巨匠から、ようやく一曲なんとか即興できるようになった練習生まで。ま、正直な話、時々、聴いているこちらが恥ずかしくなるような演奏もありましたね・・・。今世紀に入ってから、私も歌わせていただく機会を与えられ、まことに光栄なことと感謝の至りなのですが、、、聴衆のお耳を汚すような演奏ではなかったことを祈るばかりです。

さて、このドゥルパド・メーラー、まだ20世紀だった頃のこと。
インド独立後、藩王国廃止とともにマハラジャというパトロンを失い、そのため飢え死にしてしまった演奏家もいた中、逆境の時代を生き抜いてきた巨匠たちの層が厚く、聴きごたえも見ごたえも凄いものでした。

ステージ場の、そんな彼らの圧倒的な存在感。全身に、声に、即興のメロディに、滲み出ている彼らの人生のそれは深い味。一人一人の力強い個性。
彼らから繰り出される音は、会場を揺るがし、聴衆を揺るがし、聖地を揺るがし、宇宙をも揺るがす。声楽家しかり、器楽奏者しかり、パカーワジ奏者しかり。

そんなマエストロたちの演奏はというと、無心となった音楽家の即興のメロディが、まるで声の書道のように、間と気のエネルギーワークとして立ち顕れてくる・・・。
日本人である私には、彼らの音楽はこんな風に感ぜられ、こんな「歌」があるなんて!と圧倒され通しでした。魂は音の宇宙に飛ばされて、眠気など吹き飛んでしまいましたね。

Photo by Shree (Vocal: late Ud. Hussain Sayeeduddin Dagar, Pakhawaj: Sh. Akhilesh Gundecha@Dhrupad Mela in Varanasi, 2012)

ドゥルパド・メーラーは、太陰暦のマハーシヴァーラートリ大祭がその最終日となるように設定され、毎年2月頃に開催されます。インドでは一番過ごしやすい季節の一つです。
ご縁あってその季節にヴァラナシに行かれる方は、ぜひ聴きに行ってみてください。
ヴァラナシまで行けない、という方も、近頃はフェイスブックでライブ配信もされますので、覗いてみてはいかがでしょうか? フェイスブックページの『Dhrupad Mela』をフォローなさってみてください。動画も見ることができます。

★本記事と写真は、ドゥルパド声楽家・Shreeさんより、Kimiyacastにご提供いただきました。
★Shreeさんのドゥルパドに関する、オンデマンド講義はこちら➡「ドゥルパドへの道:演奏から学ぶインド古典音楽

返信を残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

Select your currency