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アンリ・コルバンの人生と哲学

Henry Corbin (1903-78)

現象学,比較哲学,イラン・イスラーム思想研究で名高い。歴史研究によってイスラーム学者・東洋学者とされるが,その比較哲学において西洋とイスラームの哲学の啓示現象の解釈学を探求,体系研究としてニヒリズムと聖俗主義の克服をもとに人格の完成を思索した。彼の解釈学・現象学・比較哲学はフランス,イタリア,イラン,日本,アメリカで再評価されている。

【生涯】

パリに生まれ,1922年にソルボンヌ大学入学,エティエンヌ・ジルソン(1884-1978)やエミール・ブレイエ(1876-1952)に哲学史を師事した。25年に哲学で学位取得後,28年に16世紀スペイン最大の詩人・神学者ルイス・デ・レオン(死亡1591)の研究で高等研究実習院を終了,以前からアラビア語やサンスクリット研究をしていた国立東洋語学校でアラビア語・ペルシア語・トルコ語の学位も取得。ルイ・マスィニョン(1883-1962)にイスラーム学の手解きを受け,スフラワルディー(1154-1191)の『黎明の叡智』のリトグラフを託され,歩む道が定まる。未刊行の古典アラビア語・ペルシア語文献にジルソンの文献学的手法を用い,新境地を拓いてゆく。

30年のドイツ留学でカール・バルト(1886-1968)神学を学び,32年に『ローマ書』の一部を仏訳した。34年にフライブルクで初めてマルティン・ハイデガー(1889-1976)を訪れ、35-36年のベルリン滞在中にハイデガーの著作の翻訳を準備した。37年に「ヘルダーリンと詩の本質」,38年に『形而上学とは何か』と『存在と時間』の一部を仏訳した。これらはバルトとハイデガーの初の仏訳であり,ジャン=ポール・サルトル(1905-80)などに影響を与えた。37年からアレクサンドル・コイレ(1892-1964)の後任として高等研究実習院でルター派神学・解釈学を教え(54-74年はマスィニョンの後任),39年までにスフラワルディー研究を2冊出版,45年までイスタンブールとテヘランのフランス学院に勤務した際にスフラワルディーについて本格的研究・著作校訂を出した。以降パリとテヘランを往来,55年から73年までテヘラン大学やイラン王立哲学アカデミーで教え,イラン人思想家やシーア派ウラマー(20世紀の最重要なクルアーン注釈者・哲学者モハンマド・ホセイン゠タバータバーイー師(1904-1981)など)と交流した。

49年から78年までエラノス会議に参加,62年から諮問委員を務めた。生涯にわたり,ペルシア宗教思想や未紹介のシーア派思想家たちの研究,写本の校訂,それに基づき比較哲学を目指した。

アンリ・コルバン(右)と井筒俊彦(左)

 

【思想】

西洋哲学史で12世紀以降スコラ哲学への影響が終焉し途絶えたとされたイスラーム哲学がペルシアを中心に創造的な営みを続けていた歴史を描く『イスラーム哲学史』はコルバンの思想史的貢献である。古代ペルシアの思想がシーア派に流入,イブン・スィーナー(980-1037)からスフラワルディーに至る〈東洋哲学〉の歴史観は批判されるが,イブン・アラビー(1165-1240)神秘主義とシーア派神学が哲学化しつつ合流してイスファハーン学派という哲学のルネサンスを興し,現代まで哲学の伝統が続くという歴史像は概ね受容された。同学派とその前後に位置する思想家群の文献研究は思想史・イスラーム学への最大の貢献である。哲学者として古代中世ペルシア思想,特にスフラワルディー哲学によってハイデガーに至る西洋哲学の諸問題を乗り越える試みは極めて独創的と言える。

コルバンはハイデガーと異なる存在解釈をイスラーム神秘主義の「非顕現の開示」や現代イランまで古典哲学の典型として継承されたイスファハーン学派の代表モッラー・サドラーの象徴解釈学から哲学に持ち込む。『イブン・アラビーのスーフィー思想における創造的想像力』のスフラワルディーとイブン・アラビーの比較研究によって,ルネ・デカルト(1596-1650)以降の西洋哲学史で否定的に捉えられた想像力を創造的器官へ読み替えた。それは身体的感覚と同じ資格で宗教的な根源現象が与えられ,経験的感覚と概念的思考とを媒介し像を創出する場である。彼はこれをイマージュ界(mundus imaginalis)と名付け,その基礎に天使論を提唱,これは現象学や元型心理学などに受容された。

スフラワルディーはイマージュ界を天使界または〈東洋〉と呼ぶ。それは近代人の忘れ去った精神的次元,宗教体験としては神が「光」や「天使」の形で人間に無媒介的・直観的に顕現する場,形而上学としては離在的の諸知性界と質料界の間の世界,概念的範疇とは異なる心身性を基準に創造的に働く象徴界である。膨大なイラン・イスラーム研究はこの〈東洋〉が光=知の立ち初める水準として考察された歴史を示す。コルバンはこれを古代ペルシア・ギリシア・否定神学・西洋神秘思想などと比較し,その創造的イマージュの理解を現代哲学に持ち込んだ。この〈東洋〉理解を古代ペルシア以来の〈東洋哲学〉から同一視するのは問題であるが,コルバンの計画ではイマージュ界再生によるニヒリズムと聖俗主義の回避が目的であり,比較哲学はその回避の責務を負い,方法を提供する意義がある。

 

アンリ・コルバンの主な著作】

著書

  1. Histoire de la philosophie islamique. Paris: Gallimard, 1964.
  2. L’Imagination créatrice dans le soufisme d’Ibn’Arabī, Paris:Flammarion, 1977.
  3. Philosophie iranienne et philosophie compare. Paris: Buchet/Chastel, 1979.
  4. Corps spirituel et Terre céleste: de l’Iran mazdéen à l’Iran shī’ite. Paris: Buchet/Chastel, 1979.
  5. L’Alchimie comme art hiératique. Paris: L’Herne, 1986.

日本訳書

  1. アンリ・コルバン『イスラーム哲学史』黒田壽郎・柏木英彦訳、岩波書店、1974年。
  2. アンリ・コルバン他『時の現象学〈1〉— エラノス叢書』神谷 幹夫訳、平凡社、1990。
  3. アンリ・コルバン他『一なるものと多なるもの〈1〉— エラノス叢書』桂 芳樹・他訳、平凡社、1991年。
The Seeker of Orient - Documentary film of Henry Corbin - English subtitle

アンリ・コルバンのドキュメンタリー映画『東洋を索めた人(ムスタシュレグ/英語字幕)』をご覧になりたい方は、こちらをチェックしてください。↓

 

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